秋山郷にある小赤沢は、信濃川支流の中津川出合から20数kmほど遡ったところにあった。
ここから小赤沢コースを辿って苗場山に登った。
頂上付近には600haにもおよぶ広大な高層湿原とおよそ3000個所の地塘が点在していて、
高山植物の宝庫である。と地元のガイドにあった。
この地の名がついたナエバキスミレは見られなかったが、ミヤマホタルイ、キンコウカ、
イワショウブなどの湿原植物と尾根道にタマガワホトトギス、オヤマリンドウやツバメオモ
を目にすることができた。 2023年8月7-8日
![]() | ![]() |
| 小赤沢コースの地形図 GPS軌跡図 | 林道終点にある駐車場 階段右手前に水場がある 階段を上がったところが三合目で標高1310m |
![]() | ![]() |
| 登り始めからブナとスギの大木が現われた この根が上がった樹種? | あまり見慣れないクロベとチョウセンゴヨウの巨樹 チョウセンゴヨウは自生のものらしい |
![]() | ![]() |
| タケシマラン(ユリ科)は赤い果実を付けていた | タマガワホトトギス(ユリ科)黄色の花を付けていた |
![]() | ![]() |
| 六合目標高1750m | 鎖場 |
![]() | ![]() |
| 八合目の上 標高2000mを越えた | 草原に地塘が現われた |
![]() | ![]() |
| 草原一面にキンコウカ(ユリ科)が展開した | 湿原に咲くイワショウブ(ユリ科) |
![]() | ![]() |
| 湿原に敷かれた新しい木道が続く | オオシラビソの森の中の木道は板敷だった 年内中に新しい木道に掛替えるようだ |
![]() | ![]() |
| 地塘に咲くミヤマホタルイを水田に咲く稲穂に見立てたのが苗場山の名の由来となった | ミヤマホタルイ(カヤツリグサ科)小さな花が見える |
![]() | ![]() |
| 苗場山頂ヒュッテ | オオシラビソの森に囲まれた山頂 標高2145.3m |
![]() |
| 苗場山山頂の高層湿原 |
![]() |
| 苗田を思わせる地塘 奥の山は鳥甲山 |
![]() | ![]() |
| 帰りに苗場神社に立ち寄った | オオシラビソ大木の下に祀られていた苗場神社 途中で白衣姿の若い神官に出会った |
北越雪譜に鈴木牧之が友人四人と従僕あわせて十ニ人で『苗場山』に登ったことが書かれているので一部紹介する。
ただし登山記録は祓川コースからで秋山郷からではない。
文化八年は1811年で、絶頂に小屋在りと記されている。
苗場山は越後第一の高山なり、魚沼郡にあり登り二里といふ。絶頂に天然の苗田あり、依って昔より山の名に呼ぶなり。峻岳の頂きに苗田ある事甚希なり。余その軌跡を尋ねんとおもふ事年ありしに、文化八年七月ふとおもひたちて友人四人従僕らに食類そのほか用意の物を持たせ、同月五日未明にたちいで、その日は三ツ俣といふ駅に宿り <略> 清津川を渉りやがて麓にいたれり。<略>
右に折れてすすみ左に曲りてのぼる。奇木怪石千態万状筆を以ていひがたし。<略>
暫く憩てまたのぼりのぼりて神楽岡といふ所にいたれり。<略>
お花畑といふ所、山桜盛りにひらき、百合・桔梗・石竹の花などその様人の植えやしなひしに似たり。
![]() |
| 苗場山登るの図 絶壁図は神楽岡(現在の神楽ヶ峰)であろうか? 絶壁下にトノ(能登)右図にドサ(佐渡)信州千曲川、秋山などの地名が見える 北越雪譜 野島出版復刻本より |























