布引観音・御牧ヶ原

布引観音は小諸市の千曲川沿いにあり、小諸城から直線距離で2.5㎞程下流にある。参道入口から標高差100m強のところにある本堂と観音堂まで20分以上かかった。

 布引山釈尊寺は1200年前の天平二十年に行基菩薩によって開かれたという。
参道には下記の案内図にある通り、下から布引二段滝・馬岩・見守り地蔵・牛岩・不動滝・釈尊寺・布引観音などがある。
 一番奥にある観音堂は「清水の舞台」のような懸崖造りで、国の重要文化財に指定されている。

案内図にある一部を紹介する
馬岩:布引山の裏の大地を御牧ケ原と言い、平安時代朝廷直轄の官牧であった。 
   紀貫之が詠んだ「望月の駒」は当地の産である。この台地で育てられた駿馬が 
   朝廷に貢馬として納める際に唄われたのが小諸馬子唄(原唄)といわれてい 
   る。 その因縁が岩に馬の駈ける姿のごとく現れている。
牛岩:「牛に引かれて善光寺』の伝説発祥の地にふさわしく岩に牛の姿が現れている。

『牛に引かれて善光寺参り』の伝説のもとになった布引観世音
むかし信心のうすい老婆が住んでいて、千曲川で布を晒していると牛が現れ、
その布を角にかけて走り出した、老婆がそれを追いかけ,ついに善光寺にいたり、 
のち厚く信仰したという。
布引観音が牛になって信心うすい老婆を善光寺・阿弥陀如来のもとに導いて 
教化したとある。                 上記案内の抜粋

参道入口の石碑                  
 
 
そこそこの急坂で石段横に地蔵が祀られていた
この付近にアズマイチゲとキタエンゴサクが咲いていた
牛岩 布引観音が牛になって善光寺まで行き
また戻ったのだろうか
仁王門

 
仁王門と観音堂懸崖造りの観音堂
釈尊寺本堂シダレザクラが咲き誇っていた
岩屋に収まったお堂
右のトンネルの先に地蔵様
地蔵様と重要文化財表示
懸崖造りの布引観音堂 右後方に浅間山が
見えていた
この観音堂の中に正嘉二年(1258)に建立され 
た重要文化財の宮殿が安置されている
  
本堂前のシダレザクラ

布引観音参道まえを流れる千曲川ここで老婆が 
布を晒していたのだろうか


千曲川の幅は狭く水量も少ない
この上流の小諸発電所と西浦ダムで取水され 
た水がここをバイパスして島川原発電所に 
水路で送られているためだろう

御牧ケ原
 千曲川左岸に高さおよそ200mの崖が作られ、その上に標高650~800mあまりの台地が形成された。蓼科山の春日渓谷、大河原峠付近より流れる鹿曲川によって東の御牧ケ原台地と西の八重原台地に分けられる。
 この辺りは、奈良、平安時代より都の朝廷へ馬を献上するための牧場に利用されていた。   「八ヶ岳火山」八ヶ岳団体研究グループより

鹿曲川合流点にある島川原発電所から南の台地を登って御牧台の看板を見つけ、辺りを巡ったが、それらしい場所を特定できなかった。
しかし、台地上に広がる水田と畑地を見て、昔、広大な牧場が広がっていたかもしれないと思った。

御牧台に広がる水田御牧台に広がるトウモロコシ畑
御牧ケ原については上の布引観音 
の馬岩の説明文が分かりやすくて 
良い
御牧台が御牧ケ原を示すかどうかは分からない
この台地の下を通る北陸新幹線のトンネルは  
御牧ケ原トンネルになっていた
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