龍岡城五稜郭

 龍岡城五稜郭は函館五稜郭とともに、日本に二つしかない星型稜堡の洋式城郭である。
江戸時代末期に田野口藩主 松平乗カタが元治元年(1864)に田野口藩陣屋として着工し慶応三年(1867)に竣工。廃藩後明治五年(1872)に城は取り壊しとなったが、堀と土塁、建物の一部台所が残された。
 国指定史跡             佐久市観光協会

佐久市教育委員会パンフレットより大手門の橋
大手門入口 案内板がある
タカトウコヒガンザクラはこれから開花
北側の堀 招魂社裏
通用門の橋 後方の建物は移設された台所通用門の橋
通用門の北側の堀 奥に廃校になった田口小学校大手門橋と桜の古木
招魂社の狛犬と鳥居
招魂社と後方の山が田中城跡
花見には少し早かった

 龍岡城は廃藩により建物が買い取られたり取り壊された。
台所は学校として使用され、東通用門は佐久市野沢の成田山薬師寺の山門に、
大広間は佐久市成瀬の時宗の本堂に,薬井門と塀は佐久市田口の丸山氏邸に移された。

 薬師寺の山門とその前にあるぴんころ地蔵と、近くにある佐久の鯉料理店を訪ねた。

五稜郭の東通用門が成田山薬師寺
の山門として移設された
ぴんころ地蔵 長寿地蔵尊とありお参り
する人達が見られた
佐久市民長寿の根源の一つは千曲川の清流
で育った佐久鯉にある・・・老舗の看板から
佐久の鯉

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