稲荷山公園・臼田橋

 臼田橋は小海線臼田駅から400mほど西にある千曲川に架かる橋である。稲荷山は臼田橋の左岸たもとにある山で標高749.9mある。
稲荷山は公園になっていて、稲荷神社、島崎藤村の歌碑それにコスモタワー(展望台)がある。

 稲荷神社 祭神:倉稲魂命うかのみたまのみこと        由緒書部分
正歴年中(990-995)山城国より勧請し、中世には勝間城鎮守として武将の崇敬があったが、廃城後は稲荷大明神として、人々に崇敬されてきた。

臼田橋の左岸たもとから鳥居階段を登る稲荷神社祠
 

 稲荷神社の先に島崎藤村の『千曲川旅情のうた』の歌碑があった。
懐古園にあった歌碑も『千曲川旅情のうた』だったが、詩の内容は
「小諸なる古城のほとり」とは違っていた。

稲荷山公園の頂上にあるシンボルマークの
のコスモタワー、臼田橋たもととの標高差
は50mほどだが、360度の展望が得られた
地元のひとから15時にカラクリ時計が作動
すると聞いて走ったが、間に合わなかった

コスモタワーの足もとに宇宙衛星スライダー
がある
途中の降り道に咲いていたヤマツツジ、
4~6月に咲く花が、秋に咲いていた
2023年10月14日撮影
稲荷山公園から千曲川と臼田橋を俯瞰
後方が佐久平
臼田橋下流の左岸堤防、2019年の洪水で
越水したと地元の人から聞いた

 臼田橋のたもとに橋の沿革が記されていた

明治12年(1879):長さ40間(約72.7m)、幅1間(約1.8m)
          船橋(船をならべ、その上に板を渡した橋)
大正6年(1917):長さ77間(約140m)幅2間(約3.6m)
          サスペンション式木橋
昭和30年(1955):長さ141m 幅6m 鉄筋コンクリート 
          ローゼ橋
平成12年(2007):現在の橋

明治時代は千曲川に船を並べ板を渡した船橋
からおよそ40年後に木橋が架けられた
現在の臼田橋

この下流にある「御影橋」の架橋記念碑に”濁流南北に変転し、沿岸住民の渡渉・船渡困難を極め、近くに望みて遠く交わるのほかなかりき・・・ようやく夢の「おかげ橋」の創設をみたり”とあるが、臼田橋も船橋から本格的な木橋に架けかえられたときは夢の橋完成だったと思われる。
特に船橋が洪水や大水のたびに損壊・流出を繰り返したとあるので明治時代の40年間の苦労が偲ばれる。

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