長沼城

 長沼城は長野市穂保の千曲川沿いの平地に築造された平城です。 
戦国時代(1550年ころ)善光寺平は南の甲斐武田氏と北の越後上杉氏が争う場となります。武田信玄が上杉謙信に対するため、海津城とともに築城し重要な拠点となったのが長沼城です。
 武田勢や上杉勢がこの城に入って陣を張り、戦いに備えた改築工事や、兵火にあった記録も残っています。・・中略・
 元禄元年(1688)廃城になって、堀は埋め立てられ、度重なる洪水被害もあって、次第に正確な城の様子が分からなくなってしまいました。
               出展:長野県文化財センター

 長沼城跡は千曲川の村山橋から2.2kmほど下流左岸にあり、2019年の台風19号による決壊点の横だったが災害から免れた。
現在長沼城跡と彫られた石碑と石祠と五輪塔それにクヌギとケヤキの大木があるが、城の痕跡は見当たらない。本丸と二の丸は千曲川堤防の下に隠されてしまっているという。
      2021年に長野県埋蔵文化センターが行った発掘調査情報を紹介する。

長沼城跡復元図 ピンクのベルトが現在の千曲川堤防で本丸と狼煙台が埋もれている。
二の丸も法面下にあるようだ。       現地案内板
     上の写真は長沼城跡発掘調査情報 長野県埋蔵文化財センターの資料
      から掲載させていただきました
長沼城全体 クヌギとケヤキの大木の下に 
石祠などがあるだけ 
長沼城跡石碑
左の祠に慶応三年の文字が読めた
堤防側から 五輪塔も見える
ここから上流部70mにわたり堤防が決壊し 
穂保の家々が濁流に飲まれた
決壊した堤防 川側は現在も修復工事中

堤防が決壊したすぐ下にはリンゴの花が咲き 
誇っていた
こちらはまだ蕾が多い 2022年4月23日

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