松代城

 築城当時は「海津城」と呼ばれていたが、関ヶ原の戦い前に森忠政が「待城」、松平忠輝が「松城」、真田三代藩主幸道に「松代城」と改められた。
明治の廃藩置県で廃城になり、昭和56年に石垣のみが国史跡指定になった。
 平成の普請で太鼓門、北不明門などが復元された。

松城城は長野自動車道の松城PAの東に位置する。 
千曲川は築城当時は城の西に接していたようだが、現在は北側に移動して離れた。
本丸跡 石垣のみ
松代城地図 北不明門(きたあかずもん) 
と太鼓門が復元された
太鼓門橋
東不明門太鼓門 
東不明門前橋
北不明門
搦め手に位置する門で楼門と枡形門の2棟に 
による構成
内堀二ノ丸石場門
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