千曲川左岸の戸倉温泉と上山田温泉および右岸の新戸倉温泉を総称して信州戸倉上山田温泉と呼ぶ。
明治中期に千曲川の河川敷に戸倉温泉、上山田温泉が相次いで開湯され、善光寺参りの精進落しの湯として賑わった。
例年、千曲川の水害に見舞われて、一時は移転を余儀なくされたが、明治末期から大正時代にかけて堤防や温泉施設の整備が進み、大正後期には現在の温泉街、繁華街が成立した。
泉質:硫黄泉、硫化水素泉 湧出量:8332L/分 源泉本数:52本
1868年(慶応四年) 千曲川の漁民が川原で温泉を発見
1893年(明治二十六年) 戸倉温泉を開湯
1907年(明治四十年) 千曲川の洪水で戸倉温泉が流される
1912年(明治四十五年) 信越線戸倉停車場開業
1914年(大正三年) 停車場から千曲川を渡って温泉街を結ぶ大正橋が架橋
され、乗り合いバスが開通した
ウイキペディアより
ここにも1907年(明治四年)に千曲川の洪水が発生し、戸倉温泉は休業、廃業に追い込まれた歴史があった。
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| 大正橋から左,新戸倉温泉、右,戸倉上山田 温泉を望む | 大正橋、大正三年に架橋され乗り合いバス が開通 |
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| 千曲川左岸にある戸倉上山田温泉 | 万葉橋と千曲川の標識(左岸) |
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| 万葉橋の右岸堤防沿いにある万葉公園案内板 万葉集、詩、短歌、俳句などが刻まれた石碑が21基ある |
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| 5番 若山牧水 短歌 秋風の空晴れぬれば 千曲川 白き河原に出て あそぶかな | 4番 志貴皇子 万葉集 石走る垂水の上の さ蕨の 萌え出づる春に なりにけるかも |
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| 15番 高浜虚子 俳句 春雨や 少し燃えたる 手提灯 | 14番 小林一茶 俳句 姨捨などとは 老足むずかしく 有り合いの 山ですますや 今日の月 |
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| 12番 山上憶良 万葉集 瓜食めば 子とも思ほゆ 栗食めば まして偲ばゆ いずくより 来たりしものぞ 目なかひに もとなかかりて 安寝しなさぬ 反歌 銀も金も玉も 何せむに 優れる宝 子にしかめやも | 万葉橋右岸の堤防上にある万葉公園 |


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